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健康コラム
専門医が語る病気の知識
食道知覚過敏(Esophageal Hypersensitivity)

 胃食道逆流症(Gastroesophageal Reflux Disease: GERD)で、少量の胃酸が逆流しても強い胸やけを感じてしまう人がいます。これが食道知覚過敏(esophageal hypersensitivity)です。食道知覚過敏の原因にはストレスによる自律神経の乱れが大きく影響していることが分かっています。そのため、ストレスが多い人は胃食道逆流症になりやすいと考えられています。

 食道にはTRPV1(Transient Receptor Potential Vanilloid -1)という酸の逆流を感知する受容体(細胞表面にあり、細胞外の物質を選択的に受容する物質の総称)が分布しています。食道知覚は、食道への刺激がこの受容体から知覚神経を介して脳へと伝達されて起こります。胃食道逆流症患者では、電子顕微鏡で観察すると食道の扁平上皮層の細胞と細胞の間が拡大していて、この隙間から食道粘膜内に胃酸がしみ込んできて知覚神経が刺激されやすい状態にあると言われています(しみこみ説、Am J Gastroenterol 103;1021-1028 : 2008)。また、胃食道逆流症患者では酸の侵害受容体であるTRPV1の数が増加しており、酸刺激に対して知覚過敏状態にあるとの報告もあります(Neurogastroenterol Motil 22;746–751,e219:2010)。さらに最近では酸が物理的にではなく食道上皮からの炎症性メディエーター(炎症部位の白血球などから生体反応の結果として産生・放出される生理活性物質)の放出を介して症状をおこす可能性が論じられています(Gastroenterology 137;1776-1784 : 2009)。

 少し専門的になりますが、機能性消化管疾患の国際基準であるRome IV(Gastroenterology 150;1368–1379: 2016)では、逆流症状のスペクトラムを示す下記の図において、酸暴露と食道知覚過敏の関係の強さにより広義のNERDを3つに分類しています。即ち、病的な酸逆流を認めるNERD(狭義)、病的な酸逆流はないが、症状と逆流との関連が見られる逆流性知覚過敏、病的な逆流がなく症状と逆流の関連がない機能性胸やけ、です。図に示すように、びらん性GERDからNERD(狭義)、逆流性知覚過敏、機能性胸やけ、と図の左から右に行くにしたがって、症状の発現に関与する酸の役割が減り、食道知覚過敏の役割が増えてくるのがわかります。ここで、NERD非びらん性GERD(non-erosive GERD)と同義で、食道粘膜のただれがないが症状がある胃食道逆流症を示し(健康コラム【びらん性 GERDと非びひらん性GERD】をご覧下さい。Click)、機能性胸やけとは胸やけを起こす原因不明の病気のことです。食道知覚過敏に直接効く薬はありませんが、精神的要因で食知覚過敏が認められる場合には、抗不安薬や抗うつ薬の投与も検討されます。

 余談ですが、TRPV1は唐辛子の辛味成分であるカプサイシンに対する受容体でもあります。カプサイシン感受性知覚神経は消化管に広く分布し、粘膜保護などの消化管生理的機能に深く関わることが明らかになっています。院長は嘗て胃のカプサイシン感受性知覚神経の機能について研究したことがあり(Gastroenterology 107;864-878:1994 Click)、カプサイシンと胃食道逆流症についてもしばしば思いを巡らしています。インドや韓国といった辛い食物を慢性的に多量摂取している国々の方では、食道のTRPV1や知覚神経が退行変性を起こして食道の知覚過敏が減少し、胃食道逆流症で悩む方が少ないのではないかと想像しております。しかし、今のところ明確な結論を述べた研究論文はありません。