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健康コラム
専門医が語る病気の知識
喫煙と胃食道逆流症

 喫煙は胃食道逆流症の発生に関与し、一旦発生するとその症状を悪化させると、医学書等に記載されていますが、何故この疾患に喫煙が悪いのかを理路整然と薬理学や生理学のエビデンスに基づいて述べたものは殆どありません。院長は米国留学中に喫煙とニコチンの胃粘膜に及ぼす影響について研究したことがあり(Gastroenterology 107;864-878:1994 Click)ますので、喫煙と胃食道逆流症との関係について述べてみたいと思います。

胃酸分泌亢進

 喫煙は胃に多くの酸を産生するよう促し、胃液が食道に逆流するリスクを高めます(Gut 26; 1327-32:1985)。また喫煙は胃の出口の括約筋を緩め、十二指腸内の胆汁酸と膵液の胃への逆流を促進し、胃酸の有害性を高めます(Gastroenterology 90; 1205-9:1986)。

下部食道括約筋圧低下

 タバコの主成分であるニコチンは平滑筋を弛緩(緩める)させるといわれており、胃酸を含む胃内容物が食道へ逆流するのを防ぐ胃液の逆流防止機構の一つである下部食道括約筋を弛緩させます(N Engl J Med 284; 1136-1137:1971)。ニコチンが括約筋を弛緩させると、酸が急に食道に入り、食道粘膜に損傷を与える危険性が高まります。

胃酸逆流の頻度を増加

 胃酸分泌量が増え、下部食道括約筋圧低下すれば当然胃酸の食道内への逆流頻度は増加します。

唾液の分泌低下

 唾液腺から分泌される唾液は1日1.0~1.5Lにも及び、食道内をきれいに保つ食道クリアランスという働きに関与しています。唾液による胃液の洗浄と唾液中の重炭酸による中和(chemical clearance)により食道粘膜が守られています。ニコチンによる唾液分泌の減少(J Lab Clin Med 114; 431-438:1989)が食道クリアランス機能が破綻し、食道内に逆流した胃酸を除去できににくくなり、食道粘膜傷害が起こりやすくなります。また唾液には上皮増殖因子(EGF)などの傷の治癒を促進する物質が含まれ、唾液分泌の減少により食道にできた傷は治り難くなります。動物が自身の傷を本能的に舐めるのは唾液による創傷治癒効果を期待してのことといわれています。

食道の運動低下

 食道の蠕動により逆流した胃液を胃内に戻すこと(volume clearance)は唾液による胃液の洗浄と中和作用と共に食道クリアランスに寄与する重要な働きです。喫煙により食道平滑筋が弛緩すると、胃から逆流した食道内の胃液除去ができ難くなり、食道粘膜に傷害を与えることになります。

腹圧の上昇

 タバコの煙を深く吸い込んだり、咳き込んだりすると、腹圧が高まり胃酸の逆流が起こりやすくなります(Gut 31; 4-10:1990)。

以上、喫煙・ニコチンの胃・食道に対する薬理学的、生理学的作用を中心に喫煙の胃食道逆流症に及ぼす影響を俯瞰してみました。胃食道逆流症の方、それでも喫煙を続けますか?